【結論】五十嵐美幸の旦那はどんな人?職業や馴れ初めは?
旦那は元テレビ制作会社勤務の佐々木順一!馴れ初めは番組制作
フジテレビ系『料理の鉄人』への出演をきっかけに、若くして中華料理界のスターとなった五十嵐美幸さん。
テレビや雑誌で活躍する五十嵐美幸さんを公私ともに支えているのが、旦那様である佐々木順一さんです。
五十嵐美幸と旦那.png)
(右から)五十嵐美幸と旦那【出典:五十嵐美幸インスタ】
佐々木順一さんは、五十嵐美幸さんと同じ1974年生まれ。
元々はテレビ制作会社の社員で、グルメ系番組の制作を担当していました。
五十嵐美幸さんが出演する料理コーナーを佐々木順一さんが担当ディレクターとして受け持ったことが、お二人の出会いのきっかけです。
仕事を通じて信頼関係を深め、交際へと発展したお二人は、2013年、お互いが38歳の時にゴールインしました。

人気料理人とテレビマンという、まさに業界ならではの馴れ初めですが、共に「食」と「伝えること」に情熱を注ぐ同士として、強く惹かれ合ったのでしょう。
結婚の決め手は?38歳で結ばれた「お互いを支え合う関係」
20代で一躍有名になり、料理人として走り続けてきた五十嵐美幸さんですが、30代になって初めて「自分の幸せ」について深く考えたといいます。
その結果、「自分のお店を持つこと」と「良いパートナーと結婚すること」が人生の目標だと気づきました。
そんなタイミングで出会った佐々木順一さんは、五十嵐美幸さんにとって理想のパートナーでした。
結婚を決めた理由は、単なる恋愛感情だけでなく、お互いの仕事や生き方を尊重し、支え合える関係性を築けたからでしょう。
この投稿をInstagramで見る
五十嵐美幸さんはインタビューで、旦那様について「100%じゃ足りないくらい、すべてを信頼している」「主人なしでは“五十嵐美幸”は完成されない」と語っています。

人生の伴侶としてだけでなく、ビジネスパートナーとしても絶対的な信頼を寄せていることがわかります。
現在は株式会社美虎の取締役!公私ともにパートナーとして活躍
結婚後、佐々木順一さんはテレビ制作会社を退職し、現在は五十嵐美幸さんが代表を務める「株式会社 美虎(みゆ)」の取締役に就任しています。
テレビ業界で培ったプロデュース能力を活かし、飲食店の経営、商品開発、食のコンサルティングなど、五十嵐美幸さんの活動を全面的にバックアップしています。
また、佐々木順一さんの実家がある静岡県熱海市にも「熱海美虎本店」を出店するなど、夫婦二人三脚で事業を拡大しています。

熱海美虎本店【出典:静岡ナビっち】

料理を作るのは五十嵐美幸さん、それを世に広めるのは佐々木順一さん。それぞれの得意分野を活かした最強のタッグで、日本の中華料理界を盛り上げています。
五十嵐美幸と旦那の間に子供はいる?息子とのエピソード
40歳で高齢出産!長男・琳句(りくと)くん誕生の喜びと苦労
五十嵐美幸さんと佐々木順一さんの間には、息子さんが一人います。
2014年12月20日に誕生した長男の琳句(りくと)くんです。
この投稿をInstagramで見る
五十嵐美幸さんが40歳の時の高齢出産でした。
妊娠中は切迫流産で約2ヶ月間の入院生活を余儀なくされ、予定日よりも2週間早く出産するなど、決して平坦な道のりではありませんでした。
しかし、困難を乗り越えて生まれてきた我が子は、夫妻にとってかけがえのない宝物となりました。
SNSでは、琳句くんの成長や家族での仲睦まじい様子が度々投稿されており、五十嵐美幸さんの母としての温かい表情を見ることができます。
この投稿をInstagramで見る
子供がストレスで蕁麻疹も…多忙な母が決めた「毎日の約束」
人気料理人として多忙を極める五十嵐美幸さんですが、仕事と育児の両立には苦悩もありました。
ある時、お母さんが忙しすぎることでストレスを感じた琳句くんの全身に、蕁麻疹が出てしまったことがあったそうです。

五十嵐美幸と子供【出典:めざましmedia】
病院の先生から「今日のお仕事の内容を毎日子供に伝えてあげてください」とアドバイスを受けた五十嵐美幸さんは、それ以来、毎朝出勤前に琳句くんと向き合い、「今日ママはお仕事です。いつもより少し遅いです」とその日の予定を丁寧に説明し、ギュッと抱きしめてから仕事に向かうことをルーティンにしています。

子供の不安を取り除き、愛情をしっかりと言葉と行動で伝える。この「毎日の約束」が、親子の絆をより強くしているのです。
家族旅行は2〜3ヶ月に1回!仕事と育児を両立するルール
どんなに忙しくても、家族との時間を大切にするのが五十嵐家の決まりで、2〜3ヶ月に1回は必ず1泊の小旅行に出かけ、家族水入らずの時間を過ごしているそうです。
五十嵐美幸と子供と旦那.png)
(右から)五十嵐美幸と子供と旦那【出典:めざましmedia】
自宅と店舗が一緒になっている環境だからこそ、意識的に外に出て「今日はあなただけのママだよ」と伝える時間を設けています。
五十嵐美幸さんは旅行先では年齢を忘れて子供と一緒にゲームに熱中するなど、全力で遊び、仕事も育児も全力投球しています。
五十嵐美幸の病気を支えた旦那の献身的なサポート
結婚直後に発覚した難病「後縦靭帯骨化症」とは
幸せな結婚生活のスタート直後、五十嵐美幸さんを大きな試練が襲いました。
結婚して間もなく、国の指定難病である「後縦靭帯骨化症(こうじゅうじんたいこっかしょう)」を発症したのです。
これは背骨の中を走る靭帯が骨化し、神経を圧迫してしまう病気で、五十嵐美幸さんの場合は腕に激痛としびれが走り、重い中華鍋を振ることが困難になるほどの症状が出ました。
「僕が仕事を辞めるから」旦那の決断が料理人人生を救った
お店の経営、自身の病気、そして子育てのすべてが重なり、「どうしていいかわからない」と追い詰められてしまった五十嵐美幸さん。
そんな五十嵐美幸さんを救ったのが、旦那様である佐々木順一さんの決断でした。
佐々木順一さんは「僕が仕事を辞めるから」と宣言し、長年勤めたテレビ制作の仕事を辞め、五十嵐美幸さんのサポートに専念する道を選んだのです。

旦那と五十嵐美幸【出典:めざましmedia】
「料理人・五十嵐美幸」の才能を誰よりも信じ、五十嵐美幸さんが料理を続けられる環境を作るために人生を捧げる覚悟を決めた瞬間でした。

この献身的な支えがあったからこそ、五十嵐美幸さんは料理人としてのキャリアを諦めることなく、現在も第一線で活躍できているのです。
10時間の手術を乗り越え、夫婦二人三脚で歩む現在
難病の治療のため、五十嵐美幸さんはこれまでに2回、合計10時間にも及ぶ大手術を受けました。
術後のリハビリも過酷なものでしたが、旦那様の支えと持ち前の根性で乗り越えてきました。
現在は、重い中華鍋を使わずにフライパンで調理するスタイルを確立したり、体に負担の少ないメニュー開発に力を入れたりと、病気と付き合いながら料理人としての新しい道を切り拓いています。

重い中華鍋を使わない五十嵐美幸【出典:ヒトサラ】
「主人なしでは今の私はいない」。そう言い切る五十嵐美幸さんと、五十嵐美幸さんを支え続ける佐々木順一さん。
二人の絆は、病気という試練を経て、より強固なものになっています。
五十嵐美幸の実家は中華の名店「広味坊」!父や兄弟について
実家は祖師ヶ谷大蔵の「広味坊」!父から学んだ料理の基礎
五十嵐美幸さんのルーツは、ご実家である中華料理店「広味坊(こうみぼう)」にあります。
東京都世田谷区の祖師ヶ谷大蔵や千歳烏山に店舗を構える、地元で愛される名店です。

広味坊千歳烏山本店【出典:ヒトサラ】
幼い頃から父・久夫さんの背中を見て育った五十嵐美幸さんは、小学生の頃からお店の手伝いを始め、料理の基礎を叩き込まれました。

父は厳しくも温かい師匠であり、五十嵐美幸さんにとって料理の原点となる存在です。
4人兄弟の2番目!「エビ剥きの美幸」と呼ばれた幼少期
五十嵐美幸さんは4人兄弟の2番目として育ちました。
活発な子供時代を過ごし、お店の手伝いではエビの殻むきが得意で、その手際の良さから「エビ剥きの美幸」というあだ名で呼ばれていたというエピソードもあります。
この投稿をInstagramで見る
14歳で初めて厨房に入り、まかないを作ったことが料理人としての第一歩でした。

幼少期から培った感覚と技術が、天才料理人としての素地を作っていたのです。
『料理の鉄人』出演秘話!父の代打で最年少挑戦者に
五十嵐美幸さんの名を世に知らしめた『料理の鉄人』への出演ですが、実は当初のオファーは父・久夫さんに向けられたものでした。
しかし、父が体調を崩して入院中だったため、代わりに娘である美幸さんに白羽の矢が立ったのです。
当時22歳という若さで、しかも女性料理人としての出演は番組史上最年少。

22歳頃の五十嵐美幸【出典:ショップチャンネル】
「若い料理人の希望になれば」という思いで出演を決意し、鉄人・陳建一氏と名勝負を繰り広げました。

陳建一【出典:四川飯店】

惜しくも敗れはしましたが、その堂々たる戦いぶりは多くの視聴者に感動を与え、中華料理界のニュースター誕生を印象づけました。
五十嵐美幸のwiki風プロフィールと経歴|お店の場所は?
1974年生まれ!最終学歴は東京都立農業高等学校
五十嵐美幸さんは、1974年8月29日生まれで、2025年現在で51歳になります。
東京都東村山市の出身で、最終学歴は東京都立農業高等学校の食品製造科卒業です。

東京都立農業高等学校【出典:wiki】
高校時代から専門的に食品製造を学び、卒業後はすぐに実家である中華料理店「広味坊」で本格的な修業をスタートさせました。
持ち前の才能と努力でめきめきと腕を上げ、わずか22歳という若さで料理長に就任するなど、早くから料理人としての頭角を現していました。

22歳頃の五十嵐美幸【出典:ショップチャンネル】
独立して「中国料理 美虎(みゆ)」を開業!現在の店舗情報
独立を果たしたのは2008年、34歳の時です。
「毎日食べられるヘルシーな中華」をコンセプトに掲げ、渋谷区幡ヶ谷に自身の店「中国料理 美虎(みゆ)」をオープンさせました。
野菜をふんだんに使い、油を控えた身体に優しい味わいは、女性客を中心に絶大な支持を集めています。
現在は東京都渋谷区に本店を構えるほか、旦那様の地元である静岡県熱海市にも「熱海美虎本店」を展開しています。

その他にもプロデュース店や海外店舗を手掛けるなど、その活躍の場は広がり続けています。
カリスマ料理人としての現在!商品開発や食育活動への情熱
51歳を迎えた現在も、五十嵐美幸さんの情熱は衰えることを知りません。
レストランの経営だけでなく、企業との商品開発、学校給食の監修、食育活動など、多岐にわたる分野で活躍しています。
この投稿をInstagramで見る
特に「食育」には力を入れており、自身の経験を活かして子供たちに食べる楽しさや大切さを伝える活動を積極的に行っています。

難病を抱えながらも、常に前向きに新しいことに挑戦し続ける姿は、多くの人に勇気を与えています。
まとめ:五十嵐美幸は旦那と息子に支えられた幸せな料理人
五十嵐美幸さんの華々しい活躍の裏には、五十嵐美幸さんを支える旦那様・佐々木順一さんと、愛する息子・琳句くんの存在がありました。
この投稿をInstagramで見る
難病という大きな試練も、家族の絆で乗り越え、現在は料理人として、母として、妻として、充実した日々を送っています。

「家族に恵まれて本当に幸せ」と語る五十嵐美幸さんが作る料理には、きっとたっぷりの愛情と優しさが詰まっていることでしょう。



コメント